はじめにー大分のプリスクールWOODSTOCKからの挨拶
- 代表者 経歴
-
- 1976年
(昭和51年)9月生まれ。愛知県蒲郡市出身。 - 2001年
(平成13年)3月に早稲田大学社会科学部社会科学学科卒業。 - 2001年
(平成13年)4月にKTC外国語学院に入社。
子供向け英会話教室ペッピーキッズの運営業務に従事。 - 2007年
(平成19年)9月に大分ゼミナールに入社。
中・高・大学受験指導・運営業務に従事。 - 2008年
(平成20年)8月に(株)Answerを設立。
同年インターナショナル&プリスクールWOODSTOCK代表として 現在に至る。
- 1976年
-
- ごあいさつに代えて
-
皆様ご存じのように世間では「学力低下に対策はあるか?」というテーマに関する議論が沸きあがっています。 ここしばらく、日本の教育界は「個性を伸ばすゆとり教育」と「学力向上を目指す基礎基本の教育」の間で揺れ続けています。 そもそも、ゆとり教育は、新しい荒れといわれる、いじめや不登校問題、学級崩壊などの教育問題が学校を舞台に増加してきたことを背景にして登場してきました。 受験競争を中心とした競争主義がストレスになって子供達の心をゆがめ、それが多くの問題を引き起こしてきたと考えられた為です。 その結果、私達が暮らすこの国の教育は没個性的で、これからは個性を尊重しなければならない、その為に教師はこれまでの教えすぎを反省し、指導偏重ではなく、支援するべきだとされ、子供に厳しく指導する教師は孤立し、意欲を失っていっています。 ひ弱になった子供達の為に、ただ闇雲に、そしてひたすらハードルを下げる時代、それが新学力観の時代(ゆとり教育の時代)でした。
しかし、本当でしょうか? 事実、新学力観の時代には、子供の負担は減ったはずなのに暴力事件などの数字は伸びています。 皮肉な話ではありますが事実です。 つまり、学力低下が心の荒廃と同時進行する時代、実は新学力観の時代はそんな流れだったのです。
では、「ゆとり」は失敗だったからまた「基礎基本教育(詰め込み教育とも呼ばれます)」にもどればいいのでしょうか? それで本当に子供の「生きる力」は復活してくるのでしょうか? そんな単純なものではないでしょう。 それに私が思うに、「そもそも学力低下ばかりを懸念していていいのか?」ということです。 知識詰め込み教育だからとか、子供達を甘やかせ過ぎだからとか、そういう論点から一度外れて 「子供達の生きる力を育むために何が出来るのか?」ということを真剣に考える時期にきているように思います。 実際、たち幅跳びの年次推移統計では年々子供達の記録は低下しているようですし、不登校児童生徒の発生率も増加の一途です。 これらがものがたるのは、低下しているのは「学力」だけでなく、「体力」も「気力」も衰えてしまっているとうことです。 まさに「生きる力」そのものの低下が顕著なのです。 一言で言うと「元気」がなくなってきているのです。
子供が元気を失った原因は、走り回って遊ぶ空間の消滅、危ない危ないといって体験を止めようとする大人たちの増加、夜食化する生活環境、空疎な人間関係、そしてテレビやゲームにどっぷりと浸かってしまったバーチャルな生活、あげればきりがありません。 学力低下の影にはこのような深刻な子育ての危機があるように思えて仕方ありません。
私にとっての「プリスクール」はこのような諸問題を「子供の親である大人たち」に提起する一つの空間であり手段でもあります。 義務教育の現場にはそこでしか出来ないことがあります。家庭には家庭の役割があります。 それと同じように、民間の教育機関にも、将来を背負う子供達の未来に対して働きかける義務があります。 この大分だからこそ可能なスクール展開があるはずです。 真剣にこれからの子供達と彼らの為の教育を考えるスクールに育て上げたいと考えます。


